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ほんの少しほど春めいた暖かさがやって来ていたのを吹き飛ばすよな、
それは結構な“寒の戻り”に襲われていた彼岸の中日。
思いがけなくも昼間ひなかから、
大好きではあるが微妙な立場にあるお人と
共に居られることとなったのは こっそり嬉しかったものの。
何とも難儀な事態に襲われ、その発端というか元凶というか、
触れた相手を犬にしてしまう異能を持つ人物とやらを、
手探り同然な状態で探すこととなった敦と中也の二人であり。
そもそもは違法薬物の取り引きを構えていた中規模組織の人間で、
このヨコハマで麻薬や脱法系薬物を蔓延させるなど以ての外だと、
常日頃から目を光らせているポートマフィアに嗅ぎ付けられ。
いい機会だから買い付け側と引っくるめ、一網打尽にしてしまえと
文字通り一からげに拿捕されて移送されてきた中に居た一人。
異能者なら ある程度は重用されるもの、
そしてその使われようから、外部へもどのような異能かの片鱗くらい洩れてくるものだが、
「丸っきりのノーマークだったらしいからな。」
今回しっかと逃げおおせているように、使いようによっちゃあ結構有能な異能だってのに、
本人も周辺の人々にも応用力がよっぽど無かったものか、
あんな存在がいたなんてどこにも知られてはなかったらしく。
それゆえのとんだ災難に遭ってしまったのが、
ヨコハマ屈指の非合法組織、ポートマフィアの五大幹部が一隅というのだから洒落にならない。
そこを改めて不甲斐ないと思い知るものか、
時折ハンドルを握る手套をぎゅうと鳴らすほど力がこもる中也であるらしく。
いかにもポートマフィアの幹部格ですという看板のようだった黒服と黒外套では相手に感づかれようと、
大学生のような砕けた装いへ着替え、
再び車中の人となり、虎の子が示した まずはの現場、
取り引き現場だった空き倉庫へと向かう。
油断しきっていたところへそりゃあ手慣れた突入を敢行され、
大した抵抗もしないまま包囲されての、居合わせていた顔ぶれは全員が身柄を拘束されており。
「双方の頭目格と護衛の数人ずつ。あとは見張り役と乗り付けた車の運転役の数人と、」
この寒さのさなかでも 春の兆しか敷石の隙間から無精髭みたいな緑が僅かに覗く、
旧の操車場跡の周辺に広がる、古い倉庫群の一際古ぼけた煉瓦製の空き倉庫。
埠頭の傍ででもあれば観光地として再利用も出来たろうが、
交通の便も悪いまま放置されたこちらは、
ヨコハマなんていう賑やかそうな土地にあるとは思えないほど寂れた、
生気の余韻も繁栄の面影もない廃墟手前の代物で。
だからと胡乱な非合法組織の出会いの場に選ばれもしたのだろう。
中也が数え上げたのは問題の取り引きの陣営の形態で、
お互い10人でこぼこという頭数同士で落ち合った、こじんまりとした取引だったようであり。
なので、上級幹部にはそんな任務の存在自体 届いてもないよな、
所謂“初級”の手配だったそうなのだが、
「空き倉庫だからな、防犯カメラもないじゃあないが起動しちゃあいなかったようだ。」
使われていなくとも今回のような胡乱な連中が勝手に入り込む恐れはあり、
本来ならば稼働させているものなのだろうが。
管理者さえ曖昧なほどの廃れよう、
Wi-Fiにつないでいるどころじゃあない、電源からして切られているようで。
まずは向かうだろうと睨まれていること明白な組織の塒よりは
直後の動向などなど何か拾えるかもしれないと。
敦の勧めでこちらへ来てはみたものの、
此処をと設定した幹部格の人間ならともかく、逃げ出した其奴にはあまり馴染みもない場所だろうに、
選りにもよって此処へと後戻りしているものだろうか。
灰色の石敷きの床、ひび割れの隙間から苔だか雑草だかも判然としないものが覗くのを
手持無沙汰の手遊び、もとえ、手は衣嚢の中へ突っ込んだまま、
ローファーの爪先でつつく中也なのへ、
「どさくさ紛れに逃げた人が行き場を失くして戻ってないかって、
同じ状況の人がいるかもって とりあえず確かめに足を運んでないかと思ったんですが。」
塒は危険だというのは判っていよう、
ばらばらに逃げた仲間の面々も同じことを思っていたら、さて何処へ向かうだろうか。
第二の集合場所のような此処へとりあえず来てはないかなんて、
まだまだ素人に近い感覚でそうと思った敦だったようで。
まま、相手も素人と大差ないよな連中だ、
周到にスペックが高い自分らでは気づけないこともあろうとの納得と共に、
グレーのライトダウンを羽織った痩躯を見やったところ、
「……。」
「…敦?」
くるりと倉庫の中を見回していた少年が、ふと目を閉じて何かの気配をまさぐって。
やや上を向いているのは、耳を澄ましの鼻を利かせのしているからか。
白銀の髪に、錆びた天井の破れ目からの光が落ちる。
お揃いのを買ったばかりなスヌードが暖かくくるみ込む首元は見えぬが、
細い顎先はそんな姿勢のせいで何とか望め。
すんなりとした横顔の輪郭を、煤けた暗がりの中へと浮かび上がらせ、
意識を研ぎ澄ませている様子は、何か祈ってでもいるかのようにさえ見えて。
「……。」
ああ、こういうところが、自分とは人種が違うのなぁと、
無垢で清楚な白い横顔に状況も忘れて見惚れておれば、
「……うん。此処にはいないようですね。」
肩をすくめて、残念という顔でそれでも笑ってみせる。
そしてそのまま、
中也の頭の上でひくひくと方向を変えては周囲を察しているらしい
赤毛の獣耳にそおと口許を寄せる彼で。
「???」
「思っている以上に疲れが出るかもしれないですよ?
そんなに過敏になってるようじゃあ。」
ヒトは視覚情報を優先するが、犬は匂いを最優先するとか。
その次が聴覚で、
とはいえ中也の身にいきなり現れた方の“耳”は、
拾い上げている情報を当人へちゃんと手渡せてはないらしく、
“やけに聞こえまくるようだと、
辺りをキョロキョロ見まわしたりしてないんだもんな。”
中也自身に周囲へ注意を配るという状況への慣れがあって、今はまだまだ許容のうちなのか。
だが、耳の動きだけを見ていると、
散漫に、且つ片っ端からという落ち着きのない反応をしているようなのが見え見えで。
「自覚はまだないんですね。頭が痛いとかないですか?」
目に見えての支障が発現はしていないとしても、
情報過多からの脳へのストレスはかなりのそれのはず。
それが証拠に、外套や上着のもっと奥向き、
ズボンの中のシャツの下なんて奥深くへ隠し切ってあったにもかかわらず、
そのせいでバレたほど盛んに落ち着きのなさを示してた尻尾のほうは、
濃紺のチェスターコートの中でだらりと下がったままらしいので、
たとえ見えていたとしてもファッションの尻尾飾りに見えんこともないに違いなく。
その点は小柄で女顔だったのが役に立って…
“…ああ"?” ( )
いや何でもありませんが。(びくびく)
外野にちょっかい出されて “なんだ? ごらぁあ#”と管巻くほどには
まだまだ意気軒高な幹部様を尻目に、
“共通の匂いは絞れたな。”
うんうんと胸中にて何度か頷いていたのが虎くんで。
敦は残念ながら追手のデータは何一つ持ってはない。
風貌もまだ不明の段階なので資料はないし、
騒動のその場に居たわけでもないので比較対象の匂いや何やも知らぬまま。
そこで、今の今、中也がまとう幾つかの匂いと同じ匂いをこの倉庫に探していたのであり。
結構な数と擦れ違うなり揉みくちゃになるなりしたようだが、
やや濃く残っている匂いが一つあり、それと同じ匂いをここでも見つけた。
“何か取りに来たのか、誰か戻ってないかを確かめに来たのか。”
犯行現場に犯人は戻るっていうの、
案外ホントなんだなぁと、探偵社の人間が今頃感心していたりして。
「? どした?敦。」
掛けられてお声にハッとし、ちらりとそちらを見やれば、
微妙に口許尖らせていたはずの中也が にぱっと笑ってくれて。
「あ…いやあの。////////」
弧にたわんでほころんだ口許や目許の朗らかさが、
何とも男前な精悍さに絶妙に重なって敦の視覚を鷲掴んで吸い寄せる。
視線が吸い寄せられて剥がせないって、
満開の桜とか得も言われぬ絶景だけじゃないんだなぁと、不意打ちにて思い知らされている。
あああ、面倒なことになったっていうのに何て許容の広い人なのかと、
頬を赤らめつつも感に入ること再びな少年であり。
「どした?」
「内心で笑ってるでしょう。//////////」
何で判るんだ?
上の耳がはたはた振れてますよ?
赤くなったまま指摘すると、
やややしまったぁと まだまだ制御しきれてない獣耳を両手で押さえる彼だが、
“…人の気も知らないで。”
ただでさえ途轍もなく美丈夫な彼だ。
それがこんな、獣耳なんぞ頭に乗っけていては、実は尻尾まで生えてると知れたら、
“注目してくださいと言わんばかりじゃないか。”
しかも、やや身長が低いことが困った方向への相乗効果をもたらしかねぬ。
“…可愛いという方向でも群を抜いてしまってるなんて…。////////”
…もしもし、敦くん。
“その上、あんなふさふさの尻尾まで。////////”
これ以上 そんな魅力的な姿を晒させてなるものですかと、ぐうと拳を握り込む虎の少年であり。
そうか、そんな確固たる動機あっての積極的な参加だったのかぁと、
人の胸の内を読むことに長けた包帯の上司様が此処に居れば
あっさり見抜かれていただろう気張りよう。
「…敦?」
「いやなんでもありません。」(おいおい)
無駄にきりりと冴えたお顔になった敦くんがますます不審だと、
そこは愛し子の挙動だけに敏感にもなろうというもの、小首を傾げかかった中也だったが、
Trrrrrrrr、Trrrrrrrr…
ひなびて煤けた空間へ そおと微かに囁くように、
幹部様のコートの衣嚢から端末への着信音がして、揃ってそちらへ注意が向いた二人だった。
to be continued.(18.03.21.〜)
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*中也さんの尻尾がやたらお元気に騒いでいたのは、
敦くんと二人きりになったからかもしれません。
そして、某策士様にはそのくらいお見通しだったりして?(笑)

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